「従業員10名の壁」を越えるために人事・労務顧問が必要な理由
常時10人以上の労働者を使用するようになると、就業規則の作成・届出義務が発生し(労働基準法第89条)、社会保険・雇用保険の手続き、残業管理、有給休暇管理、ハラスメント対応など、労務管理の複雑さが一気に増します。
さらに2026年は、7月に障害者の法定雇用率が2.7%へ引き上げられ、10月には短時間労働者の社会保険加入の賃金要件(いわゆる106万円の壁)の撤廃が予定されるなど、人事・労務のルール変更が続いています。経営者がこれらを片手間で追いかけるのは限界があり、対応が遅れると未払い賃金の請求や行政指導につながりかねません。
人事・労務顧問はこうしたリスクを予防し、さらに助成金の活用で「守りながら攻める」経営を後押しします。本記事では、社労士型とコンサル型の比較、従業員数別の必要性、助成金の考え方、就業規則チェックリスト、2026年の法改正まで解説します。
従業員数別の必要性 — いつから顧問を入れるべきか
| 従業員数 | 必要度 | 考えたい顧問タイプ | 主な課題 |
|---|---|---|---|
| 1〜4名 | 低〜中 | スポット相談 | 社会保険の加入手続き、雇用契約書作成 |
| 5〜9名 | 中 | 社労士型 | 労務管理の基盤整備、助成金活用 |
| 10〜29名 | 高 | 社労士型 | 就業規則の作成・届出義務、労使トラブル予防 |
| 30〜49名 | 高 | 社労士型+採用支援 | 採用難、離職、人事評価の必要性。2026年7月からは37.5人以上の企業に障害者の雇用義務 |
| 50〜99名 | 最高 | 社労士型+コンサル型 | 常時50人以上の事業場での衛生管理者・産業医の選任、ストレスチェックの実施義務 |
| 100名以上 | 最高 | 社労士+コンサル+社内人事部 | 人事制度体系化、エンゲージメント管理 |
助成金の活用 — 主要な助成金と考え方
主要な助成金
| 助成金名 | 受給額 | 主な取組 |
|---|---|---|
| キャリアアップ助成金(正社員化コース) | 中小企業:有期→正規の転換で1人あたり80万円(重点支援対象者)/40万円(それ以外)。大企業は60万円/30万円 | 有期雇用労働者等の正社員化 |
| 業務改善助成金 | 年度ごとに改定(厚生労働省の最新の案内で確認) | 事業場内最低賃金の引上げ+設備投資など |
| 人材開発支援助成金 | コースごとに経費助成・賃金助成(最新の案内で確認) | 従業員の職業訓練の実施 |
| 両立支援等助成金 | コースごとに異なる(最新の案内で確認) | 育児休業・介護休業の取得促進など |
| 65歳超雇用推進助成金 | コースごとに異なる(最新の案内で確認) | 65歳以上への定年引上げ・継続雇用制度の導入など |
| 働き方改革推進支援助成金 | コースごとに異なる(最新の案内で確認) | 労働時間の短縮・勤務間インターバル導入など |
出典:厚生労働省「キャリアアップ助成金」(キャリアアップ助成金のご案内 令和8年4月8日、2026-10-24確認)。キャリアアップ助成金の金額は各支給対象期の合計額で、正社員転換制度の新設などの加算もあります。助成金は年度途中でも見直されることがあるため、申請前に必ず最新の支給要領を確認してください。
顧問料と助成金の比べ方(試算の例)
前提:中小企業が、キャリアアップ助成金の要件をすべて満たして、重点支援対象者に当たる有期雇用労働者2名を正規雇用に転換した場合。
- 受給見込み額:80万円 × 2名 = 160万円(各支給対象期の合計)
- 比べる相手:社労士の年間顧問料(自社が取った見積額)+助成金申請の別料金(ある場合)
助成金は「先に取組をして、あとから申請する」ものが多く、計画届の提出時期や賃金の引上げ要件を外すと受給できません。取組を始める前に社労士に段取りを確認してもらうことが、もらえるはずのお金を逃さないための近道です。
就業規則作成チェックリスト — 最低限押さえるべき15項目
労働基準法第89条では、就業規則に必ず書く事項(絶対的必要記載事項)と、その制度を設ける場合に書く事項(相対的必要記載事項)が定められています。
| No. | 項目 | 記載の区分 | ポイント |
|---|---|---|---|
| 1 | 労働時間 | 必ず記載 | 始業・終業時刻、休憩時間を明記 |
| 2 | 休日・休暇 | 必ず記載 | 法定休日・所定休日・年次有給休暇 |
| 3 | 賃金 | 必ず記載(賞与は定める場合) | 基本給・手当の決定・計算・支払方法、締切・支払時期、昇給 |
| 4 | 退職・解雇 | 必ず記載 | 退職手続き、解雇事由の明記 |
| 5 | 時間外労働 | 規定は任意(残業させるには36協定の締結・届出が必要) | 36協定の範囲、割増賃金の計算方法 |
| 6 | 服務規律 | 任意(推奨) | 勤務態度、副業規定、SNS利用ルール |
| 7 | 懲戒処分 | 定める場合は記載 | 懲戒事由と処分の種類を明確に |
| 8 | ハラスメント防止 | 措置義務(労働施策総合推進法など) | 方針の明確化、相談窓口設置、対応フロー |
| 9 | 育児・介護休業 | 必ず記載(休暇として) | 法改正に対応した規定整備 |
| 10 | テレワーク規定 | 任意(費用を労働者負担とする場合は記載) | 勤務場所、通信費負担、情報セキュリティ |
| 11 | 安全衛生 | 定める場合は記載 | 健康診断、ストレスチェック |
| 12 | 災害補償 | 定める場合は記載 | 労災保険との関係 |
| 13 | 教育訓練 | 定める場合は記載 | 新人研修、OJT制度 |
| 14 | 個人情報保護 | 任意(推奨) | 従業員の個人情報取扱い |
| 15 | 定年・再雇用 | 必ず記載(退職に関する事項) | 65歳までの雇用確保措置(高年齢者雇用安定法) |
テンプレートをそのまま使うのは危険です。自社の業種・勤務形態に合った就業規則を社労士と一緒に作成してください。
労務トラブルの種類と顧問がいる場合の対応差
| トラブルの種類 | 顧問あり | 顧問なし |
|---|---|---|
| 残業代未払い請求 | 適正な労務管理で予防、発生時も記録をもとに対応 | 2020年4月以降の賃金は時効が当分の間3年。さかのぼって請求され、付加金を命じられることもある |
| 不当解雇 | 解雇要件の確認、合意退職に向けた話し合いの準備 | 解雇が無効とされると、その間の賃金(バックペイ)の支払いが必要になることがある |
| パワハラ | 防止措置・相談窓口で予防 | 安全配慮義務違反などで損害賠償を求められることがある |
| 労災隠し | 適切な報告と申請手続き | 労働者死傷病報告を怠る・偽ると50万円以下の罰金(労働安全衛生法)+信用毀損 |
| 社会保険未加入 | 加入要件を適正管理 | さかのぼっての加入と保険料の納付 |
労務トラブルは、金銭の負担だけでなく採用や社内の雰囲気にも影響します。顧問料は「予防のための費用」として、起こりうる負担と比べて考えましょう。
2026年の労務関連法改正 — 顧問なしでは追いかけにくい
| 法改正 | 施行時期 | 内容 | 必要な対応 |
|---|---|---|---|
| 育児・介護休業法の改正 | 2025年4月・10月に段階施行 | 子の年齢に応じた柔軟な働き方を実現するための措置など | 就業規則改定、制度整備 |
| フリーランス法 | 2024年11月施行 | フリーランスへの業務委託で、取引条件の明示などが義務に | 業務委託の発注書・契約書の見直し |
| 障害者の法定雇用率の引上げ | 2026年7月 | 民間企業の法定雇用率が2.5%から2.7%に。雇用義務のある事業主の範囲は従業員40.0人以上から37.5人以上に | 雇用計画の策定 |
| 短時間労働者の社会保険の適用拡大 | 賃金要件の撤廃は2026年10月予定。企業規模要件は2027年10月から段階的に縮小 | 企業規模要件は、現在の51人以上から、2027年10月に36人以上、2029年10月に21人以上、2032年10月に11人以上、2035年10月に撤廃 | 対象者の洗い出し、保険料負担の試算 |
出典:厚生労働省 大分労働局「令和8年7月より障害者の法定雇用率が2.7%に引き上げられます」、厚生労働省「短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント」(令和8年1月作成)(いずれも2026-10-24確認)。
毎年のように労務関連の法改正があり、対応漏れは行政指導・罰則の対象になりえます。人事・労務顧問がいれば、法改正情報を早めに受け取り、必要な対応を進めやすくなります。
人事・労務顧問の選び方 — 5つのチェックポイント
| チェックポイント | 確認方法 | 要注意サイン |
|---|---|---|
| 1. 業界経験 | 「同業界のクライアントは何社ありますか?」 | 業界経験ゼロでも引き受ける |
| 2. 助成金の実績 | 「昨年、どの助成金の申請を支援しましたか?」 | 助成金に消極的 |
| 3. レスポンス | 「急ぎの相談にはどれくらいで回答できますか?」 | 「1週間程度」と回答 |
| 4. クラウドツール対応 | 「SmartHR・freee人事労務との連携は可能ですか?」 | 紙ベースの手続きのみ |
| 5. 予防型の提案 | 「トラブル予防のために定期的に提案してくれますか?」 | 「問題が起きたら対応します」 |
まとめ — 人事・労務顧問は「守り」と「攻め」の両方で機能する
- 人事・労務顧問は社労士型(守り)とコンサル型(攻め)の2タイプがある
- 常時10人以上の労働者を使用するようになったら、就業規則の作成・届出が義務。社労士型顧問を本格的に検討するタイミング
- 助成金は要件を満たせば大きな支えになる。キャリアアップ助成金(正社員化コース)は中小企業で1人あたり80万円/40万円(令和8年度)
- 就業規則はテンプレートではなく、自社に合ったカスタマイズが必要
- 報酬は自由化されており公定料金はない。従業員数と依頼範囲をそろえて見積もりを比べる
- 2026年は法定雇用率の引上げや社会保険の適用拡大など、専門家の助言があると進めやすい変更が続く
顧問の種類の全体像は顧問の種類一覧を、報酬は顧問料金・報酬の相場を、契約書は顧問契約書の作り方を、選び方は顧問の選び方をご覧ください。
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本記事の監修
齊木祐介(ASI株式会社 代表取締役)— 顧問制度・経営支援を含む複数事業を統括し、実務で得た知見をもとに本サイトの情報を監修しています(運営:ASI株式会社)。